鹿児島地方裁判所 昭和41年(行ウ)1号 判決 1969年4月07日
原告 吉留政雄
被告 川内市長
訴訟代理人 日浦人司 外四名
主文
川内市向田町字堀田九〇〇番八宅地七坪(区画整理前)について、昭和四〇年一月一日、被告が原告に対してなした換地不指定及び清算金額決定処分のうち、浩算金額決定処分を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一、本件土地が原告の所有であつたこと及び原告主張のとおりの本件処分がされたことは、当事者間に争いがない。
二、原告は本件処分における清算金額が不当なものであると主張し被告はこれを正当な金額であると主張するので、以下この点について判断する。<証拠省略>を総合すると、次の事実が認められる。
清算金額の算出は従前の土地の価格と整理後の換地価格とを比較してされた。整理後の土地の評価は、ほぼ工事を終つた昭和三〇年頃二七人の委員(一人は後に辞任)から成る土地評価塞議会が設けられ、この委員が三組に分れ、整理後の土地のうち最も価値が高いと考えられる土地の単価を一万二〇〇〇点とし、これを基準として各筆毎に評価をした後、昭和三一年三月頃三組の評価の平均値をもつて土地の評価額として決定した。一万二〇〇〇点を基準としたのは、その土地の固定資産税算定のための評価が一万二〇〇〇円弱であつたことによる。昭和三〇年の土地区画整理法の施行及び特別都市計画法の廃止に伴ない、土地区画整理審誠会が新たに設けられ、別に評価員三名が選任された。この評価員と審議会は昭和三六年三月三日、前記評価審議会のした評価を基礎としてその後の状況の変更を考慮して、一部の土地について点数を調整した。
従前の土地の評価は、戦災のため各土地の状況が判然とせず、かつ事業の施行も急がれていたので、結局整理後の土地の評価が終了した後に行なわれ、建設省計画局都市復興課長の昭和二九年八月一七日付大垣市長あての文書回答の例に従つて、財産税価格(川内市においては昭和二一年当時の賃貸価格の六五倍であつた。)の四〇倍すなわち昭和二一年当時の賃貸価格を二、六〇〇倍したものによつた。一部は帳簿上の賃貸価格が土地の現実の状況に対応しなかつたので、評価員及び審議会において適宣修正して評点を定めた。なお従前の土地のうち最も評価の高い上地の評定指数は坪当り九、六〇〇であり、本件土地の賃貸価格は九・八円(三・三平方メートル当り一・四円)で、右の方法によると三、六四〇であるが、近隣の指数を参酌して、五七六〇に修止され、これを基礎として本件精算金四万〇九七六円と算出された。
昭和三六年三月には、従前の土地についても整理後の土地についても各評定指数の一点を一円とすることを定め、その後換地前と換地後の権利価格をほぼ同額にするという趣旨で、従前の土地の指数に乗ずべき比例定数を一・〇一六二九と定めた。整理後の土地の評定指数一点を一円と定めたのは、総合物価の変動がさほど激しくなかつたこと及び固定資産の価格を考慮してなされたもので、現実の土地価格はこれをかなり上回わるものであつた。
三、(一)ところで、清算金の制度は、特別都市計画法第六条第二項及び第七条第二項又は土地区画整理法第九四条等の規定によつて認められているものであるが、土地区画整理事業において従前の土地に客観的に照応する換地と現実に施行者によつて確認された換地との間に過不足が生ずることは避けられないので、この場合に生ずる不公平-客観的に相当な換地に対し現実に交付された換地の価値(価格)が大であるときは、その権利者は不当に利得し、逆に現実に交付された換地の価値が小であるときは、その権利者は損失を受けることになる-を調整するため、施行者が過不足額を、不当に利得したものから徴収し損失を受けた者に交付することによつて、最終的に金銭で清算しようとするものである。したがつて、清算金の支払は実質的に損失補償にほかならない。そうすると、本件の場合、換地は全く交付されなかつたのであるから、特段の定めがない以上清算金額は、換地不指定が決定された時点(所有権を喪失した時点)において、本件土地を区画整理前の状態において算定した客観的な取引価格に一致するものでなければならない。しかるに本件において<省略>によれば、本件処分時における本件土地の価格は金七四万円を下らないのであるから、前段認定の評価方法による評価額は、極めて低廉である。従つて後記理由に照してもとうてい正当な精算金額となし得ない。
(二) なお、被告は清算金は客観的取引価格に一致する必要はないとして、土地区画整理事業における土地の評価の困難性を理由に、被告が採川した評価方法はやむを得ないものであつたと主張する。そうして、たしかに、土地区画整理事業は、対象が尨大であつて権利関係が錯綜しており、事業の遂行に長年月を要するし、特に区画整理によつて土地の形状が変化する結果、従前の土地の評価に困難が存することは当裁判所にも顕著なところである。従つて、本件において被告が従前の土地の評価について財産税評価額を利用し、これに一定の倍数を乗じたものを相対的な評定指数としたことは、相当と認められる。けだし、これは整理前の各筆の土地の価値を相対的には可及的正確に表わしていると認められるからである。しかし、その評定指数の一点単価の評価に当つて被告は財産税評価額に資産再評価法の規定による四〇倍の倍率を乗じたものを、そのまま一点一円としているが、もともと資産再評価法は、同条第一条に規定するとおり、適正な減価償却を可能にして企業経理の合理化を図り、資産譲渡等の場合における課税上の特例を設けてその負担を適正にすることを目的とするものであつて、同法の規定する右算出方法は本来損失補償の基準たるべき資産の客観的な交換価値を算出することには適しない。従つて被告が従前の土地価格の算定について採用した右方式はこの点からも直ちに正当とは認められない。もつともこの従前の土地の評価は、換地処分時において区画整理かされない状態のままその土地が残つていたらその価格はいくらであつたかを決定するものであるから、すでに形状が変化している時点において評価することは困難を伴うであろうが、従前の土地の適宜のもの(以下「標準地」という。)に最も類以している現存の土地を現実に評価し、その価格をもつて標準地の現在の価格とし、これを標準地の評定指数で除することによつて、一点当りの単価を算出することは可能である。そうして、これを各土地の評定指数に乗ずることによつて、従前の土地の価格を算出することができよう。
また一方、整理後の土地についてはそれぞれ換地として与えられる土地をその時点において現実に評価することが望ましいが、本区画整理において被告がしたように一定の時期における価格を相対的な評定指数で表わすことも、評価に相当の期日を要し、その前後又は換地処分までに価格の変動が予想される場合には、便宜の措置として相当である。そうして換地処分をなす段階において、標準地の価格を現実に評価することによつて、一点当りの単価を算出できよう。(この場合、標準地における地価の変動率と他の場所における変動率の差は、現実に各筆の土地価格を算定することが不可能である以上、看破せざるを得ない。)。しかし、本件において被告は、昭和四〇年一二月換地処分がなされたにもかかわらず、昭和三六年三月の固定資産評価額を基礎として前記の如く極めて低廉な一点当りの単価を定めたのであつて、これは、前段認定の本件土地の右処分時の時価や当時固定資産評価額が取引価格と著しく背馳していたこと及び公知の昭和三六年から昭和四〇年にかけての地価の高騰を考えると被告主張の前記評価万法をとるに至つた行政上の必要性を考慮に入れても、なお、到底正当と認めることはできない。
四、以上判示したとおり、被告の主張する沽算金算出方法による金額は結局合理性と適正を欠き違法というべきで、これを適用して算出された本件清算金額決定処分も当然違法というべきである。
もつとも被告は、本件土地について特に原告に有利な方法でなされたもので、本件土地の沽算金は、現実に本件土地に最も近い場所に本件区画整理の平均減歩率二〇パーセントを減じた土地が換地として与えられたものと仮定し、その整理後の価格を算出しこれに前記比例定数を乗じて得た金額を清算金額とした旨主張し、なるほど<証拠省略>があるが、これは<証拠省略>に照らし信用できず、これを認めるに足る証拠がない。かえつてすでに認定したとおり、本件土地についての評定指数は隣地との均衡上坪当り三六四〇から五七六〇に改められており右指数に右比例定数を乗じたものが本件清算金額とされたものと認められる。しかし仮に被告主張の方法がとられたとしても、評定指数一点を一円と定めたことが正当でないことはすでに判示したところであるうえ、本件清算金は従前の土地の所有権喪失に対する損失補償であるから、換地が与えられたものと仮定してその価格に比例定数を乗じたものを清算金額とする方式自体根拠に乏しくこの点に関する被告の主張も採用できない。
五、そうすると、本件清算金額決定処分は違法であるから取消しを免れないものというべく、原告の請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 松本敏男 吉野衛 稲葉威雄)